ドイツ・エアランゲン在住ジャーナリスト
高松平藏 のノート
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2011年3月27日



『部屋を貸します』の理由


東北地方太平洋沖地震が発生して2週間余り。ドイツでも様々な支援の動きがあるが、その中で『ドイツに避難してきた人の部屋を貸します』という支援がある。この行為について考えてみる。

たくさんの申し出
地震がおきて原発を冷却する必要性が出てきたという時点で、ドイツの友人の一人がメールをよこしてきた。私の家族を日本から退避させるべきで、そのために自宅の一室を提供するという申し出だった。

友人の背後にはチェルノブイリの体験と狭義のドイツ的な用心深さが入り混じっているなとも感じたが、それ以前にこの友人は数年前に私の日本の実家に泊まったことがあり、友人の性格から考えても自宅の一室を提供するという話に不自然さはなく、その心遣いをありがたく感じた。

この時点では、『友人の親切な行為』というだけであったが、それだけではかった。地震発生の数日後、私は地元紙から災害のコメントを求められ、短い記事を寄稿したのだが、今度はそれを読んだ人から、『避難のためにドイツへやってくる日本人に自宅の一室を提供したい』という電話をもらった。まったく面識のない人である。またミュンヘンにある日本の総領事館にもかなりの人から同様の申し出があったという。

災害には連帯で
通常、災害などがあると、ドイツでは連帯という概念を背景に、困った人をみんなで救済しようという発想がすぐに出てくる。『連帯』とはひとことでいえば、キリスト教を背景に出てきた社会的結束をあらわす概念で、地縁や血縁を超えた普遍性の高い概念だ。この概念を背景に寄付金が集まり、援助組織が出動するわけだ。

しかしながら、避難のために自宅の一部分を提供するという例は私の知る範囲でいうと聞いたことがない。それだけに、なぜこのような支援が出てくるのか気になるのだ。その理由を『日独の基本的条件の違い』『感情表現としての連帯』『適正支援』の3つにわけて考えてみる。

まず基本的な部分で日本と異なるのが地理感覚だ。日本とドイツの国土の広さはほぼ同じだが、ドイツの場合EU全体の中のドイツという地理的感覚がある。その感覚からいえば『日本から脱出する人が出てくる』と考えている人がいてもおかしくない。またドイツは戦後、難民を広く受け入れをしてきたこともあり、『災害や戦争などで困った人は自国を出て避難してくる』という行動パターンがあるということが認識されていることも考えられる。

さらにチェルノブイリの記憶が加わる。そして実際、チェルノブイリの被害が出てきたとき、避難した子供たちに休暇としてドイツに来てもらい、そのために自宅の一室を貸そうという話もあったという。避難生活では生活の質がおち、ストレスに苛まれているのではないかという懸念が出てきたためであるが、この話は避難のためではなく、あくまでも生活の質の手助けという社会福祉的な発想が強い。

感情表現としてのデモ・連帯
次にドイツで同時期に数多く行われた原発反対のデモと合わせてみるともうひとつの理由がみつかりそうだ。

ドイツでは地震が起こる前から核廃棄物に関する議論が高まっていたこともあり、福島原発の一件は、まさに火に油を注いだわけだが、報道やデモの関係者から伝わってくる話をまとめると、これらのデモの多くは『日本への祈り』ともセットになっている。

ドイツでは小さな街でも普段からデモがよく行われるが、それを見ていると、政治的な要求とか反対云々以前に人々の不安、怒り、同情といった感情を公共空間である広場で表明するという役割が見てとれる。今回のデモの場合、祈りがセットになっている分、よけいに感情表現という役割が大きいのではないか。同じく寄付などの支援という『連帯』も人々の感情表現の一端を担っており、その発展型として『一室を貸す』ということが出てきたのかもしれない。

適正支援という判断
それからもうひとつの私のもとにもドイツ側から寄付に関する問い合わせが来ることがあったのだが、その中には『お金もちの日本にとって、金銭の寄付はプライドを傷つけるので、寄付をしても受け取ってくれないのではないか』といった旨の問い合わせすらある。

またドイツの知人たちに、『家の一室を貸すというのは、どういう動機なんだろうね?』と聞いてみたところ、『日本人はお金は持っている。だから寄付は失礼かもしれないし、お金よりも避難できる場所が支援として必要だと考えたのではないか』という意見があった。もしそうだとすれば、考え抜いた末の適正な支援と判断したということになる。

※       ※

『部屋を貸します』という支援は連帯の概念が展開されたものだといえるが、展開の理由は地理感覚などの基本条件があり、そこへ感情表現とカネ持ちへ支援をどうするか、そんなものが入り混じってでてきたものではないか。これが現時点での私の推測である。

もっとも、この支援をきいたとき、正直なところ本当に機能するのかなあという感想を持った。他方、ある在独のフランス人の友人は『フランスでこのような支援がでてきているかどうかはわからないが、避難してくる日本人を迎え入れるのは大歓迎と言う人はフランスでも多いと思うよ』とも話してくれた。『部屋を貸します』という支援はドイツの良心のようなものが出てきたと同時に親日感情の証明でもあるようだ。(了)


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