ドイツ・エアランゲン在住ジャーナリスト
高松平藏 のノート
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2009年9月3日



ドイツから見た鳩山さん


このたびの選挙で、久々に日本のことがメディアに登場した感じがする。外国に住んでいる立場からいうと、悪い気はしない。それはともかく、ドイツから見た鳩山由紀夫氏のことを少し書いてみたい。


友愛
選挙前から鳩山由紀夫氏は海外のメディアでもある程度注目されていたようだが、ドイツでも鳩山氏について書かれた“ポートレート”記事がちらほらある。鳩山氏といえば『友愛』であるが、<彼は『友愛』コンセプトを推し進めている>(9月1日付ディ・ヴェルト紙オンライン版)というような紹介がなされている。

しかしながら、友愛という言葉を日本で、日本語で聞くと何やら抽象的で、どうもおさまりが悪いように思える。おそらく、友愛はそもそもフランス革命の『自由・平等・博愛』の<博愛>の別訳であるためであろう。

鳩山氏の友愛は、祖父の一郎に端を発する。一郎はEUの父と呼ばれるリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーに共鳴し、カレルギーの著書を自ら翻訳したが、その中の重要な理念が博愛だったという。

こういった理念の継承からいえば、鳩山由紀夫氏が東アジア連盟の構想を打ち出すことは当然のように思える。

欧州で醸成された言葉
ただ、この鳩山氏の友愛(博愛)には基本的な問題がある。それは『博愛』がどのような形で醸成され、政治理念として成立してきたかということは、日本で、アジアで基本的に共有されていないからだ。

『博愛』はドイツ語で『兄弟愛』という言葉が使われている。兄弟愛はそもそも、キリスト教に端を発する言葉だ。神のもとでは皆等しい関係にある『兄弟』というわけだ。

これは、より抽象化されて『連帯』という概念にまで展開する。日本で連帯というと『連帯保証人』という言葉ぐらいでしか使われない。そうでなければ労働組合や左翼系の用語として『連帯』が使われる程度だろうか。後者の連帯はいわば革命思想としての概念である。

ドイツをはじめヨーロッパでも革命思想としての『連帯』はあるが、より普遍的な概念として使われている。簡単にいえば人々は対等で地縁・血縁にとらわれない関係を結ぶ、といったような意味合いで、これがあるために『市民社会』が成り立ち、『相互扶助』という発想からの社会保障が成り立つ。

そもそもドイツ、いやおそらく欧州全般で、『友愛』といったときにキリスト教に端を発する理解と文脈がある。いつぞやドイツのメルケル首相が『欧州はキリスト教クラブではないが、しかし人権・市民権を基本としているクラブであり、それらはキリスト教の人間像と重ねられている』といった内容の発言をしているのが象徴的だ。

既存のEU諸国は歴史的文脈を含めた友愛の理解があるからこそEUが成り立っているともいえる。裏を返せば、これがトルコのEU入りの難しさにつながっているといえるだろう。

理念をどれほど練り上げられるか
ここで鳩山氏にクローズアップされた記事を拾い読みしてみよう。

 ・彼の政治哲学の中心に『連帯』または『兄弟愛』を据えている。
  (8月29日付ターゲスシュピーゲル紙オンライン版)
 ・『兄弟の愛』をモットーに彼は日本をもっと社会的(社会保障などが
  充実した)国にしたい。(8月30日付フランクフルター・アルゲマイネ・
  ツァイトゥング紙オンライン版)

ざっくり調べた限りでは、鳩山氏の友愛について触れた記事はそれほどなかったのだが、それにしても上記の記事などを見ると、友愛がドイツ語の『兄弟愛』『連帯』として理解されているのがわかる。そしておそらく読者もドイツの文脈で鳩山氏の政治哲学を理解していくだろう。

以上のことを考えると、鳩山氏が『友愛、友愛』といっても日本で、アジアできちんと理解されるのは無理がある。『宇宙人』という鳩山氏のニックネームなどはその証左と見てもよいかもしれない。

ただ政治家が国家の理念を示すことは、大切なことであろうと思うし、政治家としての信念の表明ともいえるだろう。そして、理念は国家の在り方についての議論のよりどころになる。

日本では近年、外交の状況変化など背景に、『国益』という言葉がおどるようになった。だが、どこかで空気が抜けているような印象がぬぐえなかった。これは自民党政府が国家の理念を掲げるよりも、半世紀のあいだ実質、利益配分の調整組織として機能していた所以であろう。

その点、鳩山氏が日本・アジアの政治家として友愛をどのように練り上げられるかは勝負のしどころだといえるだろう。だが、同時に同氏自身が欧州で醸成された文脈をどれほど理解しているのか、という点でも疑問は残る。鳩山氏の論文などは未読なので、なんともいえないのではあるが・・・。

それでも理念とは言い続けなければならない。公約とか政局といったこととは少し違う次元の話だ。そして鳩山氏に限っていえば祖父から引き継いだものであり、政治哲学としても、それ相応に練られている(はずだ)。

鳩山氏自身が民主党政権の代表としてどの程度成功するかどうかは私にはわからない。だが、ひとついえることは、友愛をどれほどに練り上げられるか、30年先、50年先の国家にどれほどの影響を与えられるかによって、理念を掲げた政治家としての評価が決まるということだ。(了)


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