ドイツ・エアランゲン在住ジャーナリスト
高松平藏 のノート
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2007年4月05日



風刺お笑い〜カバレットとドイツ社会

ドイツのお笑いの主流になっているものがカバレットという芸。その内容は辛辣な社会批評を含む。笑いの質とドイツ社会の関係を見てみたい。

※このコラムはニューズレター 『The Daily NNA』 での連載『高松平藏のビジネス社会学』で執筆したものに追加・再編したものです。

ドイツのお笑い
90年代にドイツのテレビで『 風雲!たけし城』などが放送されるようになったことがあった。当時、低俗だとの批判もあったが、そのうちドイツでも模倣番組が作られるようになった。またここ数年、ドイツのテレビではドタバタのお笑い番組も増えている。

エアランゲンで“KKK”といえばカバレティストのクラウス・カール・クラウスさん。
エアランゲンのカバレット専用劇場“FiftyFifty”
しかしながら、ドイツのお笑いといえばカバレットと呼ばれるものが今も健在だ。話芸や歌、寸劇などを行うもので多分に風刺を含む。またドイツ各地にカバレティストがおり、地方色を出しながらのカバレットを行っている。

エアランゲンにもクラウス・カール=クラウスというカバレティストがいる。本屋さんにはクラウスさんのCDが売られ、地元のビール祭りの250年記念の年には、ビール祭りにまつわる新作を発表したりしている。

新聞の記事にもよく登場する。見出しなどにはイニシャルをとってKKKと書かれる。まるでアメリカの白人至上主義団体のクー・クラックス・クランのようだが、エアランゲンでKが3つ並ぶと地元の有名カバレティストのクラウスさんをさすのである。また1989年にできたカバレット専用劇場もあり、フェライン(非営利法人)のかたちで運営されている。

フランスから来たカバレット
カバレットの語源をさかのぼればフランス語の『キャバレー(Cabaret)』。ドイツ語化して『カバレット(Kabarett)』になった。

こんなカバレットがドイツに登場したのが1901年、作家で批評家、作曲家でもあったエルンスト・フォン・ヴォルツォーゲンがベルリンにつくった寄席『ウーバー・ブレッテル』が最初だ。ドイツ語でUeberbrettlと書くが、ニーチェのUebermenschen(超人)のもじりである。この『超人』の定訳にならえば、『ウーバー・ブレッテル』は『超寄席』といったところだろうか。

ともあれフランスのキャバレーといえばムーラン・ルージュなどのダンスやコメディショーを思い浮かべるが、ドイツでは政治などに対して皮肉や風刺を前面に出すかたちになる。2001年にはドイツにおけるカバレット100周年の年を迎えた。

カバレットのルーツ
時の政権などへの風刺や皮肉といえば、カーニバルに登場する道化が思い浮かぶ。2月になるとドイツ各地でカーニバルが行われるが、カーニバルの中でブッテンレーデ(Buettenrede)という皮肉や風刺をこめた演説のようなものが行われる。

たとえば『アリはなぜよく働くのか、それは労働組合がないからだ』といった類の内容のことを話されるわけだ。

この風刺演説のルーツは中世の道化師(Narr)にまでさかのぼることができる。中世の異議申し立ての権利(Ruegerechts)の枠組みの中で道化が活躍した。また欧州をみても宮廷おかかえの道化がいた。

文芸でいえば北ドイツにいたといわれるティル・オイレンシュピーゲルの民話にそのルーツを見ることもできる。ティルは様々な身分の人たちを欺き、いたずらをしてまわりを翻弄させるが、その対象は教皇や国王にまでおよぶ。

ティルの末裔

ちなみに今でも実際の政治家を前にそっくりさんが風刺演劇を演じ、カバレティストがカバレットを演じる機会がドイツにはある。風刺演劇を終えたそっくりさんは政治家と仲良く並んで握手や抱擁をしてたたえ合う。考えようによってはこの時に風刺されない政治家はむしろ存在感が薄かったといえる。それにしても政治家を前におちょくるそっくりさんの風刺演劇というのは、中世の宮廷お抱えの道化が王様の前で王様を風刺するような構図とよく似ている。

そういえば、2006年に記者団を前にブッシュ大統領とそっくりさんのコメディアン、スティーブ・ブリッジズがまるで漫才のかけあいのように登場したことがある。政局的にはブッシュの支持率アップか、余裕を見せるための演出かといわれていたようだが、根底には欧州の道化文化があるように思えてならない。

カバレットの話にもどると、ドイツにはこういった中世の道化やカーニバルの皮肉な演説があったことは、フランスからやってきたキャバレーも『カバレット』に変化する遠因だったのではないだろうか。今でもカーニバルの風刺演説家とカバレットの類似性がよく論じられるし、カバレリティストを対象にした『ティル・プライス』という賞もある。やはりカバレティストはティルの末裔なのだ。

日本のお笑いと風刺
ここで日本のお笑いと風刺をざっくりと見てみる。

まず日本ではカバレットのようなお笑いはそれほど盛んではない。関西の漫才をみても言葉遊びや冗談がふんだんにでるが世間話の範囲から出る内容はほとんどない。最近、『Manzai』を出版したドイツのティル・ワインガートナーさんは、夢路いとし・喜味こいしの漫才から日本の笑いを分析しているが、誰でもわかるシャレの連続性で、観客は何も考えずに笑えて、見るのに必要なエネルギーが小さいとしている。

一見、風刺に思えるものにボヤキ漫才がある。『責任者出てこい!』の決め文句で知られる人生幸朗・生恵幸子のコンビがいたが、実はそれほど政治風刺などはなかった。あくまでも世間話の延長のネタが多かったと思う。

お上意識とお笑い
日本で、風刺に迫るものはないか、と考えると『新聞スタイル』とでもいう分野が見出せる。古くは横山ノック、上岡龍太郎(当時の芸名は 横山パンチ)らで組んでいた『漫画トリオ』は『パンパカパーン、今週のハイライト』といったかたちで新聞を題材にしていた。ただ、どういう内容を取り上げ、どう料理していたか私は記憶がほとんどない。

河内家菊水丸の『新聞詠み(しんもんよみ)』や爆笑問題などは政治・社会の風刺がある。劇団『ザ・ニュースペーパー』なども日本における風刺を前面に出したお笑いとみてもよいだろう。

人生幸朗の師匠である都家文雄(1893−1971年)は辛辣な批判精神が大きかった。『上方の笑い』(木津川計・著)によると落語家を経て『文化万才』と銘打った批判精神の含んだネタをやっていた。同書で少しネタが紹介されているが、少し引用してみよう。

<戦中、“英霊”が毎日のように白箱に収められた還ってくるというのに、動物園で死んだ人気もののチンパンジー・リタ嬢の葬式に、大阪市長が出席した。『人間よりサルのほうが大切なのか』に大阪市長はふるえあがった。>

こういった内容なので戦時中は警察からもよく迫害をうけたらしい。もっとも、戦時中といえばドイツでもカバレティストは迫害の対象になったようで、多くのカバレティストはドイツを逃げたそうだ。

いずれにせよ、社会や政治の風刺が充満した笑いは日本でもないわけではないが、主流にはなりにくい。この理由は何かをドイツとの比較で考えると、日本では個人を権力の下におくようなところがあるからだろう。そういう感覚は近年ずいぶん薄れてはいるが、『お上』という言い方などはそのメンタリティをあらわしているといえる。

これはお笑いというわけではないが、1988年に忌野清志郎がボーカルを担当するRCサクセションが『COVERS』 というアルバムを発表した。この中には原発を告発するなどの内容の歌詞があったため、発売中止になり、別会社から発売されたことがあった。この一件は発売を中止した会社の経営状態を詳しくみる必要もあるのかもしれないが、根底にはお上意識に伴う風刺に対するアレルギーを感じさせる一件に思える。

市民意識ともよくあう
カバレットのお笑いの質は伝統がベースになっているといえるが、それ以外に個人と社会の関係性とも関係がありそうだ。ドイツは19世紀の国民国家の文脈でいうと、国家は個人と対立概念にある。『社会』とか『公共』とは個人に対する国家の進入を防ぐ防波堤になっているのだ。ジャーナリズムなども実は国家と個人のあいだの部分にはいっている。ジャーナリズムが本質的に反国家というのもそのためである。『お上』の下に『個人』を置く考え方とは基本的に異なる。

こうしたことを考えると、お笑いの中に国家を辛辣に批評するという態度がこめられてくるのも納得がいく。またカーニバルのパレードは森の誰も通らないような道ではなく、街の中の道路、すなわち公共の空間で行われる。国家と個人のあいだにある『公共』の空間で痛烈な政治批判を表明した山車が登場するのも必然的といえよう。

政治と連動
アンドレアス・ビューラー氏
実際、カバレットの流行をみても政治の季節ともいえる70年代には盛んだった。90年代には旧東西ドイツの統一を受けるかたちで盛り上がる。

70年代というと、エアランゲンのカバレット専用劇場の運営責任者、アンドレアス・ビューラー氏は70年初頭、ドイツではちょっと知られたロックバンドのベーシストだった。今も風貌からわかるがコテコテのロックおやじである。成り行き上、この劇場の運営に携わることになったそうだが、基本的に反体制という意味のロック・スピリッツとカバレットとの相性がよかったのだろう。

2002年にヒットした『税金の歌』。似顔絵はいうまでもなくシュレーダー首相(当時)
また2002年にはシュレーダー首相(当時)の声色で歌われたお笑い替え歌ソング『税金の歌』が大ヒットした。ラジオでも連日、首相の声色でコントを聞かせてくれたし、テレビで歌われるときは被り物の首相や閣僚が一緒に踊っていることが多かった。これなどもカバレットのお笑いとも通じるものがある。(了)

※ドイツ語の表記には英語のアルファベットを使用しています

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