インターローカル ニュース
Interlocal News 2006-04-12 (vol. 128)
─ ドイツのインキュベーター
前号次号
□□ 目次 □□
【ニュース】20周年を迎えたビジネス・インキュベーター

【コラム】倒産処置もインキュベーターの社会的責任
【編集後記】ドイツの“官”

メールマガジン
『インターローカル ニュース』の無料配信をおこなっています。


お申し込みは
こちら



【ニュース】

20周年を迎えたビジネス・インキュベーター




20周年を迎えた IGZ。現在34社が入居している。
ドイツ南部のエアランゲン市(バイエルン州)にあるビジネス・インキュベーター(『孵化器』の意)、IGZ(イノベーションと起業センター/Innovations- und Gruenderzentrum der Region Nuernberg-Fuerth-Erlangen)は設立20周年を迎え、このほど記念行事が行われた。

 先月10日に行われた行事にはかつての『入居企業』の経営者やハンス・スピツナー氏(バイエルン州経済・インフラ・運輸・技術省の事務官)らが参加した。

 IGZの運営会社が設立されたのは1984年。その2年後、実際のインキュベーターとしてスタートした。設立者はエアランゲン市と隣接するフュルト、ニュルンベルグの3都市、および同地域ニュルンベルグ地方商工会議所、中央フランケン地方手工業会議所。この日はシーグフリード・バライス博士(エアランゲン市長)、ロランド・フレック博士(ニュルンベルグ市経済局代表で政治家)がこれら設立者の代表として祝辞を述べた。

 IGZの総面積は4,500平方メートル。この20年で101社が入居し、倒産は5件だった。そして72社が巣立った。それらの企業のうち13社はIGZの近くでオフィスを構えており、中には自社ビルを建てた会社もある。これらの企業やパートナーたちで構成される“IGZ−コミュニティ”の売上高は96年の段階で4,300万ユーロだったものが2005年分は2億1,700万ユーロを見込んでいる。そして1,257人の雇用を生んだ。

 こういった成果をあげたのが、インキュベーターの運営責任者であり、すぐれたコンサルタントでもあるゲルト・アンリガー博士の存在だろう。同氏はもともとバイエルン州経済省のイノベーション局に在籍していたが、設立時に『志願』した。

 ある入居企業の役員によると、アリンガー博士とはしょっちゅう顔を合わせるという。入居企業にとっては常駐顧問といったところだ。きめ細やかなコンサルティングが同インキュベーターの特徴になっている。


■自治体連携のシンボル
 設立当初をふりかえると、当時、州政府は技術関連の強い地域で2つのパイロットプロジェクトを立ち上げようと考えていた。結果的にニュルンベルグ地域とミュンヘンに白羽の矢がたち、ミュンヘンにはMTZ(ミュンヘナー・テクノロジーセンター/Muenchener Technologiezentrum)がつくられた。

 また、このころアメリカ、オランダ、イギリスといった国々でベンチャービジネスの育成センターがすでにあり、ドイツ国内およびバイエルン州でも関心が高まっていた。こうしたムードはインキュベーター設立の追い風になったことは想像に難くない。

 このような誕生の経緯から、州や自治体の政治にはIGZに対して期待感があり、特別な存在感がある。たとえばバイエルン州政府はハイテク推進政策とクラスター政策を90年代後半からすすめており、州経済省のスピッナー氏はIGZが重要な一拠点であることを強調した。

 ニュルンベルグ地域は周辺の都市と連携を組み、昨年から『メトロポリタン地域・ニュルンベルグ』として経済振興をはじめ、プレゼンス(存在感)を高めることに注力しており、マーケティング組織がつくられた。こうしたことを動きを背景に、IGZの20年の実績について、フレック博士は地域連携の成功のひとつの証として評価した。

 IGZの所在地であるエアランゲンは大学の街でもあり、自治体規模が小さいことが逆に幸いして産官学のネットワークが強い。こうした特色を活かして90年代後半から医療産業の振興に注力。IGZなどハイテク関連の機関は同市の経済政策の強い基盤になった。バライス市長は『IGZの成功は自治体政治、経済界、学術の共同の取り組みがうまくいっていることの表れだ』と語った。

 同インキュベーターはニュルンベルグ、フュルトの隣接するあたりにあり、かつては田園風景の広がる地域だった。しかし今では、ハイテク関連の企業や研究所も周辺に集まってきており、ハイテク産業地域として年々充実している。ちなみに音声データ圧縮技術『MP3』を開発した、フラウンホッファー研究所も同地区にある。(了)



 IGZの報道資料を元に作成





【コラム】
倒産処置もインキュベーターの社会的責任



 

 数年前にビジネス・インキュベーター IGZの運営責任者で入居企業のコンサルティングを行っているゲルト・アリンガー博士(=写真)に取材をしたことがある。このとき『インキュベーターの社会的責任』ということを語ってくれたことがあった。

 同インキュベーターの入居を希望する場合、たとえ技術者出身の経営者の場合でも、分厚い書類が必要だ。それが作れない人は経営ができないという。しかも2年先には黒字経営のあがるように経営戦略を持つ会社を入居社として許可するという立場をとっているとのことだった。

 こうした姿勢を明確にしているのは、入居途中で経営がだめになることがインキュベーターの社会的責任として考えているからとのことで、したがって誰でも入居を許すわけにはいかないといういう。

 たとえば2人の共同責任者が不仲になった場合はきれいに終わらせ、もし片方だけで経営が継続できそうであれば有限会社を作るといったケースもあったようだ。

 ほかにも、優秀な特許を持っていても会社経営が無理な場合は特許の売却を進めるか、被害を最小限に食い止めるのに倒産させるとも語った。こういったことがインキュベーターの社会的責任というわけだ。

 それだけに入居企業に対しては決算時にまで相談にのり、コンサルティングによって作ったプランの結果にまで責任を持つとも言い切る。

 ベンチャー企業の世界では起業するときには撤退戦略も重要だということもよくいわれる。経営者にはたしかに執念や執着も必要だが、売却や経営陣の入れ替えなどの撤退戦略も経営戦略のうち。これで被害を最小限にとどめたり、雇用を守れるというわけだ。

 企業の社会的責任(CSR/Corporate Social Responsibility)という言葉がある。ひとことでいえば市場および社会に対する信頼性ということになろう。

 概念そのものはかなり以前からあったが、企業経営に環境負荷の低減を組み込むことが当然のようになってきたことや、経済のグローバル化を受けて、90年代後半からよく言われるようになった言葉である。具体的な項目としては、環境問題以外にも、地域経済、消費者保護といったことがあるが、さらに株主や雇用といったことも「社会的責任」を果たす具体的な対象として考えられている。(了)







編集後記
ドイツの“官”


◆ドイツにかかわらず、欧州にも見られる傾向だそうですが、アメリカとの比較でいえば何かにつけ官のイニシアティブが強いようです。バイエルン州についても官僚の社会の発展に対する使命感が強いという話をきいたことがあるのですが、IGZをとりまく『官』の協力体制と期待感をみると首肯できます。

◆ドイツ語で行政のことをVerwaltung(フェルヴァルトゥング)といいます。一般に『管理』という意味でもありますが、『維持を代理で行う』といった意味合いがあって、1050〜1350年の間に生まれた言葉です。この時代のドイツは城壁に囲まれた都市が誕生した時期で、都市というのは都市国家。物理的にも統治方法も人間関係もこれまでの集落とは一線を画す人工空間でした。

◆都市国家の歴史がドイツの独立性の高い自治体の体質をつくりあげた要因だと思うのですが、都市はきわめて人工空間であるがゆえに運営維持のための戦略(政治)と戦術(行政)が大切であります。そんなことが都市の『維持の代理人』である官僚のイニシアティブの強さにつながったのかもしれません。

◆一方、イギリスが発祥のPPP(Public Private Partnership)も数年前からドイツの自治体でよくきかれるようになりました。ちょっとした流行であります。今回20周年を迎えたインキュベーター、IGZも多くの民間の協力があるわけですが、バライス市長も『PPP』という言葉を使っていました。

◆ドイツはイースターの時期です。学校も休みなので、休暇をとっている人も多く、街の中が少しのんびりしています。(高松 平藏)


※ドイツ語独自のアルファベットは英語式に表記しています。

■■インターローカルニュース■■

発      行 : インターローカルジャーナル
http://www.interlocal.org/  
発  行  人 : 高松平藏 
発  行  日 : 不定期

    Copyright(C)  Interlocal Journal
引用、転載の場合「高松 平藏」が執筆したこと、または「インターローカル ニュース」からのものとわかるようにしてください

|インターローカルニュースtop | 記事一覧 |