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パネル・ディスカッション『家族ー終わりに向かっている?』 | 1/3 ≪戻る|次へ≫ | ||||||||||||||||||||||
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詩人の祭典Poetenfest パネル・ディスカッション |
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毎年、エアランゲンで行われる文学のフェスティバル、『詩人の祭典』で行われたパネル・ディスカッション『家族─終わりに向かっている?』を再現する。なお、発言内容は日本の事情に照らし合わせると分かりずらい部分もあるため、随時意訳や補足を加えた。(構成・高松 平藏) |
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『家族』に将来はある ■アウファーマン:長いあいだ文学のなかで家族が扱われているわけですが、いい言い方をすれば文学は社会の動きのバロメーターです。ここでは『家族』というモデル、あるいはこの生活モデルに将来性があるかどうかということを話あいたい。 ■シュミット:家族というモデルに将来はあります。 子供が欲しい人は多い。しかしながらドイツは1.29の出生率です。EUの中で一番低い。よくイタリアと出生率の最低の数字を競争しています。人は子供がほしくても子供をつくらない。しかし家族には将来性がります。なぜなら現代はなんでも変化の早い時代です。そんな中で人はどこかに安定した場所がほしいものです。そんな場所は結局『家族』しか提供できない。 ■ファンダーベケ:特に若者は袋小路にはまってしまうことが多い。落ち着く場所が欲しいとは思うが、人がそれを提供できる能力を皆もっているかどうかが疑問を感じている。 自分の小説の中でも若者をとりあげており、その若者の将来について考えている。 ■シュミット:私には3人の子供と4人の孫がいる。私じしん、20年普通の会社で働いていた。したがって現場はかなりわかっている。今、私は政治家ですが、現場にいる人の現実を知らなければいい政治はできない。 安心空間としての家族 ■アウファーマン:メナセさんは自分の家族をどんなふうに本にとりあげていますか?それはポジティブですか?ネガティブですか? ■メナセ:時々ネガティブな部分もはいっていますが、だいたいポジティブにみています。ただ私にとって家族をとりあげることは自分のアイデンティティをさがすようなものです。私はどこからきているのかといったようなことですね。自分の歴史の中には第二次世界大戦のせいで闇の時期がいくつかあります。 ■トライッヒェル:私の話も第二次世界大戦の中の家族をとりあげています。私の両親はなくした息子(兄弟)に関するトラウマがあります。結局、私が書いた小説はそのトラウマを自分の解決のためにとりあげているのですが、私の親自身はまだそのトラウマがなくなっていない。トラウマをずっと持ち続けていて、1人の息子がなくなったという話すら(私に)したことがなかった。 こういう親ですから、子供たちに落ち着く場所を提供はできない。だから私は自分で共同生活をするための住宅にそういう場所を探した。しかし失敗でした。共同生活のよかったのは皆が独身のときだけ。共同生活者の1人の女性が子供を生んだとき、共同生活のベースがなくなってしまった。 |
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■■インターローカルニュース■■ 発 行 : インターローカルジャーナル http://www.interlocal.org/ 発 行 人 : 高松平藏 発 行 日 : 不定期 Copyright(C) Interlocal Journal |
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