■■インターローカル ニュース
■■ Interlocal News  2004-12-09 (vol. 110)

 

─欧州で活躍する 2 人の芸術家 前号次号

 

□□ 目次 □□
【ニュース】 声楽家・谷口伸の職業観

【ニュース】 美術家 西武アキラのベルリン遊学記
【編集後記】 外国の体験をどう活かせるか

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【ニュース】
声楽家・谷口伸の職業観


 芸術家は社会の中でどんな存在なのだろうか。欧州で活躍する鳥取県出身の声楽家、谷口伸(たにぐち・しん、1969 年生)さん(=写真)に職業観をきいた。

 同氏は慶応大学卒業後、会社勤務を経てウィーンで学んだ。一見声楽とは関係のない経歴だが子供のときはバイオリンを習った。もっともこれは『落ち着きのない子供だったから、両親がなんとかしようとした結果』だったが、音楽の素地にはつながった。

 一方、声域の広さなど天賦の才能は 10 代から発揮。慶応時代の最後の年には毎日学生音楽コンクール東京大会で第 2 位を獲得している。そしてこのコンクールは谷口さんにとって重要なものとなる。その翌年、コンクールではわずか 3 点差で 1 位をゆずった女性が NHK で歌っているのを見た。『1 年でずいぶん差が開いたなあと思った』。これが声楽に人生をかけるきっかけになった。

 自信を得たのもこのコンクールだった。歌い終わって審査結果を待っていると、『今のバリトンの彼、よかったね』と人がひそひそと話しているのが聞こえてくる。『ドイツ歌曲を歌ったあと、観客の人生が変わっていなければならない、という有名な声楽家の言葉があります。このとき自分もできるかもしれないと思った』。

 職業人としての自覚や心構えもはっきりしてきた。最も心がけているのは常に素(す)でいることだという。新しく作品に取り組む時は解説書などは読まず、素の状態で詞や音符に接する。『それが舞台でだせればいい』。 

 舞台にも素で臨む。不思議なものでオーケストラや共演者、観客によって毎回左右されるのが舞台だ。『宗教じみて聞こえるかもしれませんが』と前置きする谷口さん、自分が歌うというよりも、作曲家と作詞家の魂が自分の肉体を使って歌わせている、という実感があるという。それゆえ素で臨む精神性が重要になる。

 欧州での仕事が多い同氏だが、日本でやってみたい仕事のビジョンも見えてきた。『最近陰惨な事件が多い。そんな時代だからこそ、たまたま歌を聞いてくださった人の(心)のスイッチがカチっとはいって(人生が)かわるようなことがあれば嬉しい。これが、芸術家が社会でできることでは』という。日本各地に公共ホールはあるが中身が伴っていないのが現状だ。小規模でいいので座を組んで、巡回できたらという。自信と実力、そしてなにかしらの使命感が伴うところに社会の中で生きる芸術家の姿がある。(了)
(ドイツ在住ジャーナリスト/高松 平藏)
フュルト市市営劇場で上演されたオペラ『BASTA! LA MAMMA!』に出演する谷口さん。(写真=Stadttheater Fuerth)

2004年9月13日付 『週刊京都経済』掲載分






【ニュース】
美術家 西武アキラのベルリン遊学記

 1980 年生まれの若い美術家、西武アキラ(にしたけ・あきら)さん(=写真)が今年の夏、ベルリンにやってきた。同氏は絵や映像など方法論にはとらわれずに視覚作品をつくっている。

 ベルリンにやってきたのは日本で行ったアート・プロジェクト『見えない庭』がきっかけだ。展覧会というと通常はギャラリーや美術館で行われる。しかしこのプロジェクトは空きビルや空き地といったところで展覧会を行うのが特徴だ。あらゆる場所に美術が存在するという見方を人々に気づかせてくれるというものだ。

 『美術館を飛び出す発想は決して新しいものではないが、見に来てくれる“客層”がまったく違う』と作家として感じている面白さを語る。このプロジェクトの終了後の酒宴で『今度は外国でなにかしよう』ともりあがった。これで西武さんはベルリンにやってきた。アルバイトもするが、滞在費の多くは貯金でまかなっている。そして数ヵ月後には早くも最初の作品を公開する機会を得た。

 これは 11 月にベルリン中心部にあるコミック専門の図書館で行われたもので、『鳥人ビデオ』と題した日本のビデオ作品の上映会だ。西武さんのビデオ作品をはじめ、複数の美術家の映像作品を上映した。70‐80 人がやってきた。もちろん『見えない庭』プロジェクトの前哨戦的な位置づけでいる。

 面白いのはこの上映会にこぎつけた経緯だ。ベルリンに来て最初に入り浸ったのがこの図書館だった。そのうち知り合いもできた。また毎月コミックミーティングといったコミックファンが集まる機会もある。そんな場所に通い続けた末、上映会の機会をつくることができた。『図書館に来る小学生にまで声をかけました。残念ながら上映時間が遅いので断られましたが』と同氏は笑う。

 次のプロジェクトはスーパーマーケットで行うことを考えている。これもまず市役所に問い合わせた。すると、アート関係の団体を紹介してくれた。展示のコンセプトを話すと、さらに適当な人を紹介してくれ、スーパーマーケットにいきついた。

 『日本でも使っていない土蔵があればアトリエに使わせてくれるケースもある。でもそれは村長さんなどの口利きがあって成り立つ。それに対してドイツではオープンなネットワークがあって、私のような外国人でも支援してくれる』と芸術に対する社会の違いを感じつつ、『今はドイツで何をしても面白いです』と西武さんは声を弾ませていう。(了)
(ドイツ在住ジャーナリスト/高松 平藏)

以下、2004年11月12日に行われたビデオ上映会の概要
鳥人ビデオ -CHOJIN Video-
日本のビデオ作品上映会 -Auffuerung der experimentalen Video-

-出品者-
西武アキラ/村井美々/河合政之/木村友紀/タナカカツキ/バウズハマモト/西原アキラ/ヨコタアメリカ 

『鳥人ビデオ』とは、ドイツ初公開の(premiere)アニメーションなどを中心とした日本の若手映像作家達の上映会でプロジェクトでグループ“invisibl gerden”による企画。
鳥人とは、日本語で鳥人間という意味です。極東から渡り鳥のようにベルリンにわたってきたビデオを上映するという意味が込められている。
上映される西武さんの作品
作品に見入る観客の様子

※写真はすべて西武さんから提供していただきました。





【編集後記】 
外国の体験をどう活かせるか


◆谷口さんは私が住むエアランゲンの隣、フュルト市で取材しました。同年代でしかも日本の地方で育ったという共通項がありました。そのせいか取材中の発言には私なりに、言葉の背景にある共通の感覚を感じながらききました。

◆西武さんの上映会には時間の都合で行くことはできませんでした。そこで電話でインタビュー。何かワクワクしている様子がはっきり伝わってきました。

◆2人に共通して感じたのは一見苦労に思えることも、苦労とは感じていないこと。それから当然のことながらといいますか、同時に日独の社会の差をあれこれ感じていることです。

◆私の体験からいっても、他の国の社会を知ると、自分の生まれ育った国や地域の特徴が逆にがよく分かってくるようなところがあります。そこから自分の技能や特技、仕事を通じてどう活かせるか。今時、外国へ行くことは珍しくもなんともない時代ですが、そんなことを改めて感じました。(高松 平藏)


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発      行 : インターローカルジャーナル
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発  行  人 : 高松平藏 
発  行  日 : 不定期

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