■■インターローカル ニュース
■■ Interlocal News 2004-02-26 (vol. 92)

 

─ドイツの自治体は小さな国家だ 前号次号

 

□□ 目次 □□
【ニュース】 あとがない!ドイツ自治体が国に抗議

【ニュース】 残る『戦後処理』の枠組み
【編集後記】 小さな国家

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【ニュース】
あとがない!ドイツ自治体が国に抗議


市役所前の旗『危機の中にある市』(左) 市役所前でデモンストレーション(右)

 ある金曜日の午前中、ドイツ南部の地方都市、エアランゲンの市役所の扉は閉まっていた。市役所にやってきた市民はドアのビラをみると、『しょうがないなあ』という顔で踵(きびす)を返した。


バライス市長
 ドイツの各自治体で、11 月 3 日から 7 日にかけて政府に対する抗議活動が行われた。400 の自治体で『危機の中にある市』と書かれた旗がかかげられ、5 日には200 人の市長たちがベルリンでデモを行った。過去に前例のない大規模なものだった。またこの期間、全国各市で様々な抗議運動がおこなわれ、エアランゲンでも 7 日には午前 8 時半から市役所の隣の大ホールに市の職員ほぼ全員が集合した。このため、市役所や公営施設などは休業状態になったのだった。

 この抗議運動は近年の各自治体の財政難に端を発している。財政難は政府や州も同様だが、こういった状況の中、政府は失業者保険についての自治体負担を増やした。加えて、営業税(企業からの税金)の制度変更は自治体にとって大きな痛手になった。

 これまで、自治体で集まる営業税のうち 20% が国の『取り分』だったが 2001 年には 30% に比率をあげてしまった。今回の抗議はいわば国の横暴な『ピンハネ』に反対するものだ。 

 営業税は自治体にとって大きな収入源だ。ところが、景気の落ち込みは現在も続いており、営業税そのものも減少している。これは自治体の財務に当然影響する。2001年の段階でドイツ自治体全体の予算で不足分は 29 億ユーロ(約 3 兆 8 千万)だったが、2002 年 1 月には 44 億ユーロ(約 5 兆 8 千万)にまでのぼった。エアランゲンでも 2003 年は前年比 42.4 %も営業税が減少している。

  負債もある。エアランゲン市が位置するバイエルン州内の各市平均の負債は市民1人あたり 1, 538 ユーロ(約 21 万円)に相当する。エアランゲン市に隣接するフュルト市では最近、『借金を残して死にたくない』という老人が同市の 1 人当たりの負債額 1, 429 ユーロ(約 19 万円)を市に対して支払うということがあり話題になった。

 一方、今回の抗議活動は国に対するものだが、市民に対する危機状態のアピールも大きな目的だ。エアランゲンの市民向けのビラには、『市役所業務は生活に必要なインフラで一番大きなサービス産業。しかし、自治体の財務改革をしなければサービスの提供が難しくなり、あなたのクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)にも影響してくる』と書かれた。(了)

(”週刊京都経済” 2003年12月15日付 掲載)





【ニュース】
残る『戦後処理』の枠組み 



市営劇場で上演された作品

 11 月に南独エアランゲン(人口10万人)の市営劇場で "Die Woelfe(狼たち)"という作品が上演された。同作品は男女の物語で、男性はUボートの乗組員。戦争中の英雄だ。そんな男性を恋人にもつ女性の心の葛藤が描き出されるところは見所の1つだ。

 そもそも同作品は10月の上演予定だったが、ハンブルグ在住の著述家、ラルフ・ジョルダーノ氏から上演の中止をうったえる公開書簡が送られてきた。これがきっかけで上演が遅れた。中止要請の理由は、作品がナチス賞賛の内容で、作者もナチスの党員だったからというもの。戦時中、ユダヤ人である同氏はハンブルグの隠れ家に潜み、ナチスの迫害を避けたという体験を持つ。戦後はナチス賞賛の動きを告発し続けている。

 これに対して市の文化の責任者、ディエター・ロスマイスル氏は早々に『劇場およびアートの自由だ』と上演を表明。劇場責任者のサビーナ・ダイン氏も『目的があって取り上げた作品』と反発した。しかし、ドイツにあってナチスは一種のアキレス腱
だ。市長や議員をまじえた議論にまで発展する。上演によって市のイメージはどうなるか、といったことが主な論点で、結果は上演時期を延期。議論を活発化し、展示なども併せて行うということになった。

 ところでドイツ北部のハンブルグの著述家が小さな街の出来事をどうやって知りえたのだろうか。同市内には環境問題や人権を核にした政治団体があるが、ここから情報提供があったのではないかと関係者のあいだではいわれている。実際、同団体のホームページには執拗といってもいいほど反対活動について書かれている。地元の文化ジャーナリスト、マンフレッド・コッホ氏は『普段、劇場の客の多くは劇場そのものに理解と愛着を持つファン。同団体の関係者にそういう客はほとんどいない。しかし自分たちの問題意識とひっかかると、たちまち表に出てくる』と指摘する。

 こうした一連の大騒ぎにより珍しく劇場は満席になったが、同時に『戦後処理』の枠組みから抜けきれないドイツの現実が浮かび上がる。

 戦争体験者は少なくなり、若い世代にとって戦争は関係のない話、というのが現状。それでもナチス時代についてはなんらかの形で伝える必要はある。歴史から教訓を得ることは重要だからだ。いや、むしろ『歴史的教訓』にまで高めていかなければ、『戦後処理』の枠の中で形骸化、もしくは一部のヒステリックな議論の中で『やっかいな問題』としてナチス問題は残り続けるだろう。歴史をめぐる知的営為が試されている。(了)

(”週刊京都経済” 2003年12月22日付 掲載分)





【編集後記】
 
小さな国家


◆エアランゲンに住んでいると、わずか10万人の街ですが、その中になんでもある、というふうに感じます。同市在住の文学作家の友人は『リトル・シティ、ビッグ・シティ』というふうに例えます。おおげさにいえば、1つの国のような感じがするわけで、市長が大統領とするならば、各部局の責任者は大臣といったところでしょうか。

◆"Die Woelfe(狼たち)"の一件では劇場のはなしにもかかわらず、政治や芸術、学術、報道、市民、実にいろんな人がそれぞれの立場から動きをみせました。もちろん、ナチスという『重要課題』が含まれていたことが大きな要因ですが、劇場ひとついろいろな立場の人がからんでくる、街の文化の重層性とでもいうようなものが、うかびあがった一件でありました。

◆劇場といえば、街にとって大切なリビングスタンダードであります。図書館やプールもしかり、それにしても周辺の郡部からもエアランゲンに人がきます。財政難のおり、昨年バライス市長は郡部に対して、使用料を払ってもらえるように手紙を書いたそうです。しかし返事はなし。

◆昨年末の地元紙エアランガー・ナハリヒテン紙には『エアランゲンの今年の1年』という絵図を載せました。『今年一番出世した人』『今年の一番いいアイデア』といったような具合です。"Die Woelfe(狼たち)"については『今年の一番要らなかったこと』とされ、バライス市長の手紙は『一番スカを食らったもの』ということでした。とにもかくにもわずか10万人の街ですが、たいへんダイナミズムがあり、そんな様子を見ていると『小さな国家』 とでも呼びたくなるのでありました。(高松 平藏)


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発  行  人 : 高松平藏 
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