ドイツ・エアランゲン在住ジャーナリスト
高松平藏 のノート
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2008年5月09日



ファミリー・ビジネス3─『文化紹介』の意義


わが家は2つの文化を家庭内に意識的に持ち込む方針できたが、日本文化の紹介の取り組みは、いいかたちで家庭外へ展開できた


妻がくどかれた?
日本文化紹介のファミリー・ビジネスのだめ押しは、インターナショナル・フェスティバル一週間後に近くの小さな町で行われた『日本祭り』である。私は20代のころ、仕舞と謡曲をかじったことがあったのだが、ドイツの小さな町の『日本祭り』で少しばかり舞うことになったのだ。これは幼稚園に来てもらった茶道グループのドイツ人の『センセイ』の依頼によるものだ。

この『センセイ』とは数年前にある取材で知り合ったのがきっかけだったのだが、日本文化の話になった時に私の仕舞・謡曲の話もしたことがあった。

それをしっかり覚えていて、幼稚園のフェスティバルの終了後に『一週間後、日本祭りをやります。お子さんたちに茶道コーナーのゲストとして来てもらえませんか。それから、あなたにも仕舞をお願いしたい』ときた。

私自身、個別に日本のことを聞かれると、わかる範囲で答えたり意見を述べたりするが、積極的にドイツで日本文化の紹介をすることにはあまり興味はない。センセイのリクエストにも仕舞はカンベンしてもらいたいと丁重に断った。

すると今度は私の知らないうちに、センセイは妻と話をつけた。これにはまいった。一枚上だ。してやられた。

ビックリ
近年、私の住んでいる地域だけを見ても日本関係のイベントは増えている。

たいてい茶道や弓道、盆栽、寿司といったものが並ぶが、イベントによってはMANGAファンの若者のグループも同じ会場にいるようなこともあり、ユニークな空間になる。ドイツにおける日本文化の文脈を観察するには興味深い。また、こういうイベントにやってくる客も珍しもの見たさで足を運ぶという人も多いと思われる。

そんなことからいえば、紋付袴姿で神妙な顔つきでインチキなハラキリ・ショーをしても、まだまだ『だませる』かもしれない。が、やるからにはきちんとしたい。

しかし10年以上ブランクがある。ややかっこよくいえば還暦のロッキーが試合前に体を作り直すのと同じような気分だ。とにかく、資料を集め、一週間のあいだ稽古した。幸い、少しずつ思い出し、ハラキリ・ショーでごまかさずにすんだ。

本番では妻が能楽や演目の説明をして、私がそれに応じて舞台で謡曲の一節を吟じたり、仕舞を舞う。時間にすれば合計で15分程度か。観客の反応を見ると、幸い仕舞なんぞ初めて見る人ばかりのようである。

お茶のセンセイはもちろん褒めてくれたが、『初めて日本の伝統のダンスを見て、ビックリしてもらうだけなら、私の素人芸でも役割をまっとうしたと思いますよ』とこたえた。そもそも、このセンセイだって仕舞の良し悪しは分かるまい。

また、子供たちも着物姿で会場の隅に設えられたお茶席で『ティー・セレモニー』の『客人』役を行った。日本祭りはわが家のファミリー・ビジネスのような一日であった。

国家と個人にとっての文化紹介
文化の紹介は大切な仕事であることには変わりない。特に国家単位でいうと、文化政策という意味では国のイメージや存在感を高める役割もあり、外交政策でもある。もっとも国家の性格によっては『プロパガンダ』になることもある。

ともあれ、国外に住む日本人にいたっては現実の問題として、国のイメージと個人を重ねて見られることもある。国のイメージが高まることは、歓迎すべきことなのだ。

いつぞや自国の芸術の紹介に取り組んでいるイスラエルの外交官に取材したことがある。『私の国は大変な状態。自国の芸術を紹介することで国際的なイメージを高めたい』といったようなことを述べていた。国によっては文化の紹介は切実な取り組みでもあるのだ。

ひるがえって、私は文化紹介を積極的に行うことはしていないが、今回は学校などの周りの要請にこたえるかたちで日本文化を紹介する機会をたまたま得た。個人の単位でいえば、日独2つのルーツを持つわが家の子供にとって、片方のルーツを強く意識する機会になった。

子供たちが今後、2つのルーツをどのように自分の中で位置づけていくのかは私にはわからない。しかし片方のルーツを周りから肯定、いやそれ以上に歓迎され、感心されるということは悪くない。複数のルーツを持つ子供にとって、場合によってはこういう機会が逆にストレスになることもあるかもしれないが、わが家の子供たちにとってはいい形で作用したと見ている。

他方、ファミリー・ビジネスという側面からいえば、文化紹介のプログラムやツールづくりなど、家族で共同作業が生じるのがよい。またバレエをしている長女にいたっては、仕舞に興味を持ち、身体表現という側面から両方の文化をあれこれ話し合う機会も出てきた。

                       ※  ※

ところで、幼稚園のフェスティバルでのこと。ドイツ人の友人と立ち話をしていたとき、『あんたの子供は2つの文化があってええなあ』と言った。

『ウチの場合はキモノとレダーホーゼ(バイエルンの伝統的な革ズボン)ってとこやね』と私はこたえた。歴史があり、かつハイテクの発達したバイエルン州は“ラップトップとレダーホーゼ”といわれることがあるが、それと引っ掛けた言い方である。

彼は『キモノとレダーホーゼか。うん、そらええなあ』といってにっこり笑った。(了)


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