ドイツ・エアランゲン在住ジャーナリスト
高松平藏 のノート
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2008年4月29日



愛郷心のあらわれについて


NHK『プロジェクトX』を見ることがあったが、番組内に登場する人物たちに愛郷心があらわれていたことが印象に残った。所感を述べておきたい。


ロータリーエンジン開発者の動機
たまたま見た『プロジェクトX 』はロータリーエンジン開発を扱ったものを見た。主人公は自動車メーカー、マツダ内の開発チームだ。

同社は広島県に本社がある。1929年に東洋コルク工業株式会社として設立され、その後東洋工業株式会社となった。

マツダのウエブ内にある社史などによると、1931年から3輪トラックの生産を行っていた。1984年に現在の社名、マツダ株式会社に変更されたが、もともとは製造していたトラックに名づけられたブランド名だった。

同社を有名にしたのはロータリーエンジンだ。
通常の自動車エンジンはピストン運動を回転運動に変える構造だが、ロータリーエンジンは直接回転運動を生み出す。構造的にはシンプルだが、実用化には高い技術力が必要だった。

番組では実用化にともなう開発の挑戦が見所であるが、目をひいたのが、人々の動機である。

東洋工業株式会社の社長であった松田重次郎にしても、開発チームの人々も一様に『広島復興のため』という趣旨の言葉が口をつく。あるいはロータリーエンジンの完成により『広島の人に貢献できた』という言葉も聞かれた。

原爆が広島にもたらしたもの
普通、自分の仕事への動機付けを愛郷心と結びつけることはなかなか少ないと思う。

しかし、同番組を見た限りでいえば、原爆が愛郷心を強めたのであろうという印象を受けた。実際、東洋工業の社屋は残ったものの、社員や社員の家族には原爆で無くなった人も多かった。

一般に共通の目的があったり、なんらかの求心力があると人々はまとまりをみせ、集団としての強さを発揮する。

原爆投下は日本は敗戦国となる大打撃で、広島の町はめちゃくちゃになったが、復興という共通の目的を生み出したといえる。そして、東洋工業という地元の一企業の経営者や社員にまで愛郷心と働く動機とを結びつけたのだ。

そういえば、野球の広島カープは1950年に市民球団として創設された珍しいチームだが、やはり広島の復興というものが背後にあった。

『敵』か『大打撃』がいる?
ドイツ語にハイマートという言葉がある。故郷とか郷里といった意味で、人々は大切にしている。

もちろん日本にも郷土愛はあるが、日本に比べるとドイツは政治の文脈でもきっちりはいりこんでいる。

その理由は明らかだ。ドイツは地方分権の国だが、地方分権とは地方の自治意識が強くなければ成り立たない。郷土愛は地元のアイデンティティを担う大切な概念なのだ。

そんなドイツに住む私の立場から見たとき、ロータリーエンジンの開発者たちの言葉は日本の愛郷心の表れとして新鮮に見えたのだった。

日本には地方分権の議論があるが、ドイツの様子と比較すると、地方の主権を確立・維持するための諸要素があまりにも少ない。

あまり歓迎できるものではないが、歴史をみると、人々の国への求心力を高めるときに、国家は仮想敵国をつくるというテクニックがある。暴論をいえば地方分権を実現するには、仮想の敵をつくるか『復興』を必要とするような大打撃が必要なのかもしれない。(了)


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