ドイツ・エアランゲン在住ジャーナリスト
高松平藏 のノート
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2007年12月06日



『過労死』を有名にしてはいけない

過労死という言葉が数年前から日本国外でも知られている。この言葉の奥にあるものを人権というキーワードから考えてみたい。

スーパーのレジにもイス
“過労死”Tシャツを着た女性。エアランゲン市内にて。
先日友人が『日本のことをテレビで見たんだけど、過労死というのがあるんですって?』と話しかけてきた。長時間労働に関する私の見解を友人に述べたが、要約すると仕事に対する文化とメンタリティの問題があること、そして人権が欧州のように浸透していないという点が影響していると思う、という説明をした。

ここでは、人権ということに着目してみよう。日本語で人権派とか、人権擁護というと勇ましい“社会派”を想像する方も多いであろうが、人権の本家本元、欧州・ドイツではさり気なく制度化されている。

たとえば初めてドイツにやってきたときに目についたのがスーパーのレジだった。レジ係のオバサンはどっかりイスに座りながらレジをうっていた。これも労働環境に関する法律が機能しているのではないかと思われる。

そして有名な『時短』がある。ドイツでは被雇用者の労働時間が制限されているし、サービス残業のような不文律もないので実労働時間と制度との隔たりはそれほどないだろう。

社員にサービス残業をしてもらうのは『雇用者の権利』?
どこで読んだか忘れてしまったが、こんな話がある。ある日本企業がオランダに進出しようとしたときにリサーチを行った。そのときに『オランダの人たちは喜んで残業をしますか』という質問項目をもってきたという。うがった見方をすると『喜んでする残業』とはサービス残業ではないかとさえ思えてくる。だとすればむちゃくちゃだ。私も日本の会社に勤務したことがあるが、その経験からいうと就労時間が終わって仕事がなくても、なんとなく帰りにくいものである。こういうメンタリティはドイツにはない。

そういえば私は奈良県内で住んでいたころ、PC関係のものを買いによく行った電機屋さんがあった。ある日そこで買ったPCが不調になり、持ち込んだところ、『研修生』という札をつけた中年男性があっという間になおしてしまった。

『研修生』の札と、この男性の年齢と腕のよさがあまりにも不似合いだったので、いろいろ話を聞いた。すると以前は東京でシステムエンジニアとして働いていたそうだが散々な環境だったそうだ。

たとえば顧客企業のシステムの入れ替えなどということがあれば顧客から『明日から使いたい』というリクエストがでる。すると夜間にシステムの入れ替え作業をすることになり、営業車で仮眠。そんな生活の繰返しで家庭も崩壊し、離婚にまでつながった。それで人生のやり直しとばかりに、故郷の奈良に戻り、もう少し労働環境のよさそうな電気屋さんに転職したということだった。

過労死がなくても3位
一方ドイツでは人権確保の制度化で硬直するようなこともある。
たとえばアメリカのベンチャー企業の様子をみていると、ガレージで起業するようなケースが知られている。自らのアイデアと情熱を形にするとなれば、まずはガレージでということになるわけで、経済振興の観点からいえば、こういった動きは歓迎すべきところである。しかしドイツには職場にきちんと窓がなければならないとする法律がある。良好な労働環境の確保というわけだ。そのためガレージで起業することは違法というようなことになってしまうのだ。

ここで、子供の競争のようなたとえ話になるが、ドイツのGDPを見ると世界で3位。日本は2位である。過労死するまで働けばドイツも2位になるというわけではあるまい。人権が法律などで厳しく確保されていても3位なのだ。

ドイツの人権の実態は労働運動が獲得していった歴史なども大きく影響しており、一朝一夕に実現したものではない。それにしても元システムエンジニア氏のような例を見ると、人権という概念が日本社会の隅々に浸透していないと思えるのだ。数年前から過労死という言葉はカイゼン、マンガ、スシなどのように固有名詞として日本国外でも知られるようになっているが、これは人権がいかに社会に浸透していないかということを暗に述べているようなものである。

昨今、国際社会で中国の人権問題が槍玉にあがることが多い。これは言葉を選ばずにいえば、虐殺のような『わかりやすい人権迫害』があるからではないか。私は中国の実態はよく知らないが、社会の常態の中で人権の浸透具合を見た場合、日本も中国も五十歩百歩ではないかとさえ思えてくる。

人権とは欧州発祥の概念・価値観である。それを考えるとアジアの社会にすんなり浸透するものではないともいえる。

それにしても過労死などという言葉は、早く死語になるべきであるし、ましてや有名な日本語にしてはいけない。(了)

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