■客席の顔ぶれ
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朗読会でのハビブ・ベクタスさん(左)。右は市営劇場の運営責任者サビーネ・ダインさん(10月22日 エアランゲン市営劇場にて) |
ベクタスさんはエアランゲンの市営劇場に隣接している『テアター・カフェ』のマスター。そしてエアランゲンの『ご当地作家』である。店の中にはいつも劇場関係者や文化関係者がうろうろしている。
私もひょんなことから友人付き合いをさせてもらっていて、何冊かサイン入りの本をいただいたりした。そんなこともあって、このたびの朗読会の招待状をもらったというわけだ。
場所は市営劇場の小舞台。観客数も150−200人ぐらいだろうか。三々五々人が集まりだした。この朗読会は市営劇場などによる主催で無料のものだが、おそらくほとんどが招待客だろう。それだけに彼の交友関係がそのまま出てくるような顔ぶれであるが、同時にエアランゲンの文化シーンをうつしだしたものでもあった。
■エアランゲン文化紳士録
この夜の客席は、ひとことで言えば1980年代から90年代にかけてののエアランゲンの文化シーンの中心を担っていた人物たちが多い。たとえば文化フェスティバルを手がけていた文化局の人物の顔などが見える。同氏は2000年をすぎたころ定年退職したが、ドイツの場合、お役人といっても専門家であるので文化に造詣が深い。エアランゲンはコミックサロンというコミックのフェスティバルが2年ごとに行われており、ドイツ語圏のコミックファンにはよく知られているのだが、このフェスティバルは彼がはじめたものだ。
面白いのは前市長のハールヴェーク博士の姿もあったことだ。エアランゲンは自転車道が整備されている街としても知られている。前市長が取り組んだ政策で、私も同氏に取材もしたことがある。今でも時々いろいろなところでお会いすることがあるが、それにしてもこの夜の前市長はこころなしか楽しそうだった。
小劇場にやってきた前市長はベクタスさんの夫人をみつけると手を大きく広げて抱擁した。ベクタス夫人も前市長をファーストネームで呼んでいる。朗読が終わったあとは前市長は客席から手をあげ、創作についてどうしているのかという質問したが、舞台上のベクタスさんとのやり取りはどう見ても古くからの友人同士の会話であった。その中には文化局の前局長の名前なども飛び交った。前局長は街の文化をかたちづくるキーパーソンの一人であると同時に小説家だった。
■制度と同時にサロンがある
文化が成熟するということは、なんらかのサロン的な場や、求心力のある人物がいるということがよくある。この夜は80年代から90年代にかけてエアランゲンの文化シーンで求心力のあった人物たちが客席に顔をそろえたということになろうか。
前市長にしても現役中は文化に対する直接の職務はなかったであろうし、専門は法学だ。しかし同氏の様子をみると文化に対する必要性を理解し、自らも楽しんでいる典型的なドイツの知識人だ。そういえば、エアランゲンでは毎年『詩人の祭典』という文学フェスティバルが行われるが、市の財政難で開催が危ぶまれたことがある。そのとき会場でフェスティバルのロゴをかたどった小さなバッジを売って、その収益をフェスティバルの費用に足そうということが行われたが、前市長自ら会場で売り歩いた。
いずれにせよ、この夜の顔ぶれは市長も行政マンも『エアランゲン文化サロン』のメンバーであることをうかがわせるものだった。
ドイツは文化政策の研究者が注目する国のひとつである。地方ごとにいろいろと制度が整備されているので、地方分権という視点からは確かに見るべきものが多い。しかし同時にこういったサロン的な人間関係がきちんとあることがよくわかる。(了)