ドイツ・エアランゲン在住ジャーナリスト
高松平藏 のノート
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2007年7月4日



ドイツの地方都市の発想

日本からみると、ちょっと想像できないくらいの独立性がドイツの地方都市にはある。都市運営のための意識や方法論があり、「都市の発想」ともいうべきものが見出せる。スタンドートという概念を中心にドイツの都市の発想を考察したい。

スタンドート(立地)という考え方
スタンドート(Standort)は19世紀ごろから出てきた考え方で、直訳すれば「立場」とか「位置」という意味だが、文脈からいえば「立地」ということになる。さらには「立地条件(Standortfaktor)」とか「立地政策(Standortpolitik)」といったようなかたちでもドイツではよく使われている。学術的にはアルフレッド・ヴェーバーの「工業立地論」(1909年)などがある。

スタンドート(立地)を一言でいえば都市や地域、国が経済活動拠点としてどのような場所であるかを示すものである。企業側からみれば、自社の事業はどういう条件の場所で行うべきかを考えることだ。そして都市からみれば、企業誘致のためにどういう都市運営をすべきかということである。

立地条件とは何か
ハードおよび基礎的条件 ソフト
交通インフラ
政治的安定性・治安
地価資源エネルギー
税制
報酬額の水準
有資格の人材
必要な土地の面積
情報通信インフラ
企業のマーケットにとっての有利性
研究開発機関が近くにあるか
自然保護などエコロジー関連
文化・余暇・保養
教育機関
消費財のバリエーション
街のイメージ
景観
住人のメンタリティ
育児支援
表:都市の立地条件
特に決まっているわけではないが、
複数の資料をもとに作成

では経済活動のための立地条件(Standortfaktor)とは何だろうか。
大前提になるのは政治的安定性や治安があげられる。革命やテロのリスク高いところは事業は安心して展開できない。さらに社屋・工場など建築物のための面積が十分で、地価も適正か、エネルギー・交通・情報のインフラといったことが重要になる。

それから企業にとって有益、あるいは適正な税制であるか、人件費の相場、自社のマーケットにとって有利か、その地方なり街のイメージは企業にとってあっているか、研究開発機関が近くにあるか、弁護士などの有資格者が豊富にいるかといったことも大切になってくるだろう。

従業員とは市民でもある
ドイツのライフスタイルは職住近接が基本である。従業員とは住人でもあるわけだ。したがって事業拠点が従業員にとって生活しやすいところかどうか、すなわち「生活の質」も経営上の視野にはいってくる。

具体的には文化・余暇・保養といったものがそろい、教育機関や医療機関があるかということがあげられる。さらには消費財のバリエーション、つまり生活必需品だけではなくショッピングを楽しめるような街かということも大切だろう。住人のメンタリティや街のイメージなども生活環境としては重要だ。近年は環境保全や育児支援なども立地条件とする考え方も散見できる。

加えてドイツは一般的に優秀な人材ほど文化的な香りのする生活環境を好み、子弟のために優秀な教育機関などを重視する。企業が優秀な人材を集めるにはより高い「生活の質」の都市に立地する必要が出てくるわけだ。

企業誘致の動機と背景
ドイツの地方都市は城壁に囲まれ、歴史的には都市国家をルーツとしてみることができる。都市は物理的に限定された城壁内で、市場経済をはじめ文化や福祉、教育、医療といたるものを充実させ、完璧な人工空間にしていこうとした。この考え方は今も通奏低音のように流れており、職住近接というライフスタイルの背景にもなっている。

こういったことは企業誘致と重なることがある。たとえばドイツの自治体には文化政策がきちんとあるが、時に都市戦略とか立地政策と関わってくる。これは日本から見れば理解が難しいであろうが、文化が立地条件のひとつになっているために成り立つのだ。

さらに税制の問題も加わる。ドイツの地方には地元の企業から徴収される営業税という税金がある。これは地方自治体の重要な自主財源で、企業誘致のインセンティブ(動機付け)になっている。

都市内の循環系
立地条件という考え方に付随して、企業と都市の関係をみると面白い循環が見出せる。

ドイツ企業のメセナ(文化支援)は地元志向が強い。多くの経営者たちは「文化を充実させることで地元の生活の質を高めることが目的」とメセナについてのべる。

企業市民という言葉があるが、ドイツの様子からみると、企業も立地している地域のメンバーのひとつであるという意識がみてとれ、企業は「地元にお返ししなければならない」という倫理観(=社会的責任)を持っている。

もちろんメセナは企業広告に収斂するような部分もあるが、経営者たちも文化の充実が都市の「生活の質」につながるという発想を持っているということがわかる。彼らの存在は都市の立地政策を支えることにつながる。

市民社会とフェライン
さらに都市には数多くのフェラインがある。フェラインとは「クラブ」「協会」といった定訳があてられるが、現在の日本からみれば、NPOといったほうがぴったりくるかもしれない。

フェラインの歴史は古く、数も多い。いわゆる「職縁」のみならず都市市民の横のつながりをうながしてきた。そして都市の文化や福祉といったものを充実させてきた。都市の運営という観点からみれば、フェラインの存在抜きには実現できなかった。

※          ※

以上、ドイツの地方都市に見出せる「都市の発想」をスタンドート(立地)という概念を中心にまとめたが、フェラインのほかにも、教会、行政マン、政治・政党、歴史といったものも都市に関わってくる。これらは都市の運営のための「能力」「意識」「メンバー」として機能する。本稿では触れなかったが、自治と連邦制の原理である「補完性の原理」や法制度といったものも「都市の発想」を支えている。

地方分権とは国全体から見た発想で、権限を地方に分散させるということである。反対に地方からみれば、地方の運営は地元の裁量で行っていくということである。現在のドイツは連邦制で歴史的にも地方分権の国であるが、スタンドート(立地)をキーワードに見ていくと、なぜ地方分権が実現できているのかがわかる。

それからここではスタンドート(立地)を基にある程度モデル化した書き方をしたが、必ずしも理屈どおりにドイツの地方都市は動いているわけではない。それにしても、ドイツでは都市を考えるときに、この概念が必ずといってもいいほど出てくる。そして都市は「生活の質」と「経済的な強さ」が伴ったクオリティ・シティとでもいうような姿に向かおうとするのである。(了)

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