■ピザ・ショック
ドイツ語協会(Gesellschaft fuer deutsche
Sprache)は毎年年末に『今年の言葉』を発表しているが、2002年の2位の言葉が『ピザ・ショック(PISA-Schock)』だった。
PISAとはOECD生徒の学習到達度調査のことだが、2002年に発表されたランキングではドイツのランキングがかなり低かった。これでドイツ社会は大騒ぎ。ピザ・ショックという言葉が飛び交った。2004年には『ピザにゆれ続ける国(Pisa-gebeutelte
Nation)』という言葉が3位になっている。
そんな悩み多きドイツはフィンランドに着目した。ランキングではフィンランドの優秀さが突出していたためだ。私の観察によると、日本に比べてドイツはよくも悪くも他の事例をあまりあてにしない傾向がある。そんなドイツが外国に着目したのだ。これはショックの大きさを表しているといえよう。
最近はさすがに、メディアでも一時期ほどピザ・ショックという言葉は登場しなくなくなったが、『ドイツの教育は問題』という認識が浸透したことは推して知るべし。わが妻と幼稚園の園長先生は日ごろ教育問題について話し合うことも多いのだが、このDVD、実は園長先生が貸してくれたものである。こういったやりとりがあること自体、ドイツ社会のショックが残っている証左ともいえる。
■カネがすべてではないが・・・
で、早速夫婦で見てみた。このDVDは2003年に『未来のアーカイブ(Archiv
der zukunft) 』という非営利法人が製作したもので、高級紙『ディ・ツァイト』などに執筆しているジャーナリスト、ラインハルト・カールが指揮している。
内容的には学校の制度、教育予算、語学学習など様々なところからフィンランドとスェーデンの様子をレポートしていたが、それ自体はそれほど重要でないと思えた。
確かにGDP比でいうと、スカンジナビアの国々は教育予算が高い。1999年とやや古い統計であるが、改めて国際比較の統計を紐解いてみた。
EU15カ国(当時)全体では5%。ドイツは4.6%であるのに対し、フィンランドは6.2%もある。DVDでは約7%と報じていたが、教育にかける費用は上昇しているのかもしれない。
そしてノルウェー(7.2%)、スェーデン(8.1%)とフィンランドをさらに上回る。スカンジナビア諸国の教育予算はなぜ高いのか、これはこれで興味のわく数字である。が、教育にはある程度のカネはいるものの、カネが教育の質を保証するすべてではない。
また語学教育も盛んに行っていて、そのせいかインタビューを受ける先生たちもほとんどが英語かドイツ語で答えている。しかし、外国が陸続きにある欧州の言語に対する感覚を考えると、それほど驚くには値しないと思う。
■先生の姿勢
ただ、ドイツとフィンランドの比較でいえば、これが学力の差につながっているのではないか、と思われた点がひとつあった。
それは先生の職場と働く姿勢だ。以前、ドイツの先生の質のばらつきぶりを書いたが、ひとことでいえば先生個人の裁量が大きい。しかも先生たちは基本的に授業が終わると帰宅し、自宅で授業の準備などをする(ということになっている)。そのため職員室といっても本当に簡単なもので、極端にいえば待合室のような感じである。そんな具合であるから、先生個人の資質、職業に対する姿勢が直接、授業の質にひびいてくるのも当然である。
それに対して、DVDでレポートされたものを見ると、きちんとした職員室があり、先生同士が問題に対して協力しあう姿勢が強いという。また言語や心理学に精通した先生たちがチームを作っているという話も登場した。ドイツの現場からみるとかなり異なる。
教育の質とは結局は先生の質という側面が大きい。フィンランドでもスェーデンでもおそらく、先生の質の差というのはあるだろう。しかし教育機関として一定以上のレベルを確保には、先生たちのチーム化を促すフィンランド方式のほうがよさそうだ。
また日本に目を転じると、日本には立派な職員室がある。これだけを見ると、日本はドイツ型ではなくフィンランド型である。先生たちの実態は私はよく知らないが、先生同士のコミュニケーションはドイツに比べるとうんと密にとれる環境にあることは確かだ。
■フィンランドという国
それからDVDによると、フィンランドでは伝統的に読書が盛んだという。
確かに『読解力』のランキングでも同国は首位、説得力はある。番組では移動図書館の例なども紹介していたが、『読書好き』の理由は出版業界の動向や歴史的な背景などをもう少し見るべきだろう。私自身は、フィンランドの白夜がひょっとして読書の習慣を促したのではないかとふと思った。むろん白夜のある土地の生活文化をきちんと検証しなければいけない話だが。
また、国の歴史や条件も教育制度に影響しているのではないかと思う。
フィンランドは人口500万人の小国だ。日本でいえば福岡県と同程度の人口で、ドイツ16州の中ではへッセン州(5位・約600万人)とザクセン州(6位・約430万人)のあいだの規模である。
歴史をみるとドイツより東の小さな国々は中央ヨーロッパとロシアにはさまれる形で苦労している。フィンランドも例外ではない。その中で生き残るには戦略的な国家運営は必要不可欠だ。ノキアやリナックスをはじめ、フィンランドはITの強い国として知られているが、ITに活路を見出したのもそういった国家運営の枠の中での動きだろう。
私はフィンランドに関する知見はほとんどないのだが、歴史的諸条件をざっくり見ただけでも、500万人の国家が生き残るためには教育は重要な手段であることは明らかだ。そしてそういう意識がフィンランド社会の中に深くあるのではないか。
ところで日本の全体像を見れば、どちらかといえば教育熱心な国であるし、戦後の経済的な成功の背景には識字率の高さなどがよく挙げられたものである。それを考えるとやはり国全体のポテンシャルはまだまだ高い。そういえば、小泉政権が誕生したときに『米百俵』という言葉が盛んに言われたことは記憶に新しい。(了) |