グローバル時代だからこそ
注目したいローカル情報
昨年6月、高松平藏・アンドレア夫妻の共著で『エコライフ ドイツと日本どう違う』と題する本が出版された。いわば「環境問題」を切り口とした比較文化論で、さまざまな実例をあげながらドイツ人と日本人のものの考え方や生活習慣、社会システムの違いなどを平易な文体で著述した好著である。
その主要舞台となっているのがドイツ南部の地方都市、エアランゲン市である。ここはアンドレア夫人の故郷であると同時に、高松さんの現在の活動拠点でもある。
「ジャーナリストとして、私は地域報道にこだわりを持っています。なぜなら、グローバルな時代であるからこそ、ローカルが重要だからです。ローカルとローカルが幾重にもつながった関係性のなかにこそ、本当のグローバルがある、というのが私の考え方です」
「たとえば日本では、地方分権についての議論が盛んです。しかし、今の日本にそれが定着し得る仕組みがあるのか、ローカル同士のネットワークづくりができるのがといえば、かなる難しい。その点、ドイツは地方分権が基本の国だから各地域が行政的に、あるいは社会システムとしていかに自立しているかを知ることは大いに意義があります。そして、そこにジャーナリストとしての私の役割があると考えています」
活動を通じて人脈を広げ
ジャーナリストへ転身
では、ジャーナリストとして活躍する高松さんの原点はどこにあるのか。
「実は私、10代のころからアートのファンでしてね。進学にあたってもインディペントな動きが盛んな京都を選んだわけです。入学早々、前衛舞踊『舞踏』に首を突っ込むようになりました」
「一方学内では、国文学者であり、能楽師でもある山崎先生にすすめられて、先輩と一緒に能楽部を立ち上げました。また、『舞踏』とも能とも共通するテーマとして、日本人の体にあった舞とは何かを研究するために、図書館に入り浸ったこともありましたね」
こうした活動を通じて、どんどん人脈が広がっていったのも大きな収穫であった。卒業後、3年ばかり印刷会社に勤めたあと独立し、友人のデザイナーやカメラマン、イラストレーターなどとともに大阪で共同事務所を設立し、自らはライター兼プランナーの肩書きで雑誌記事などの執筆にあたった。
この仕事を通じて知り合った、現在の京都経済新聞社・報道ネットワーク代表取締役編集長である築地達郎さんの、「一緒に新聞社を始めないか」という誘いが、その後の高松さんの運命を決することとなった。1996年、京都経済新聞社を立ち上げるとともに、築地さんんからジャーナリストとしての心構えや文章の書き方を伝授され、ジャーナリストへの転身を遂げたのである。
最良のパートナーを得て
さらに活動領域を拡大
JR丹波駅近くに新設された京都リサーチパーク4号館に、いくつかの起業者向け1坪ブースが設けられ、ここが新事業のスタート台となった。そして、これらブースのセクレタリーを努めていたのが、アンドレア夫人である。結婚半年後に彼女の故郷・エアランゲン市を訪ねた高松さんは、豊かな森に囲まれたこの街がすっかり気に入り、ここを仕事の拠点とすることにした。
「ジャーナリストとして地域情報を発信する一方で、今後はフォーラム型のシンクタンク機能をプラスしていきたいと考えています。環境問題や文化政策などを視察するために、エアランゲンを訪ねる日本人は少なくありません。そういう人たちに、うわべだけを見るのではなく、真の理解を深めてもらいたいと思っているんです」
「たとえば環境対策にしても、現在の仕組みがなぜ生まれ、どういうシステムで運用されているのかを知る必要がある。そのためには、その問題にかかわる現地の人たちとの、かなり突っ込んだディスカッションも必要でしょう。そうした場を設定し、問題解決のために働くことも、地域報道に徹する私の大切な役割だと思っています」(以上)
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